潜在意識で思い通りに願いを叶える方法

願いを叶えたくて遠回りした私から最短で叶う方法のお話

願いは全て叶う

こんばんは、そのさき、です。

 

願いは全て叶う、意図すれば叶う、これは真実です。考えた瞬間に叶った(現実になった)という話があるのがまさにこれです。

 

そもそもですが、願うということはそれが叶う未来を知っているから願えるんです。未来は複数ありますから、その中の一つを自分がちらりと見たという事でもあります。

 

これだけ願っているのに私の願いは叶いませんが?と過去の私はよく思っていました。

 

そうなんです、なぜか叶わないんです苦笑

 

そうすると原因を探しますよね?はい私も探しました。大捜索です。

 

結論からお伝えすると、叶うのを邪魔する思いがあるのです。いわゆるアクセルとブレーキを一緒に踏んでいる状態ですね。

 

いやいや叶えたいに邪魔するわけないでしょ、こんなに願っているのにどういうことよ!と思いますよね。私はそう思っていました。

 

よくあるブレーキは「叶ったら実は困ると思っている」です。

たとえば、結婚したいけど本当のズボラな私を見られたら嫌われる、困るわ、でもズボラを直すなんでできないー普段の生活できないよ、無理したら疲れるよ、というケース。

 

あと多いのは「願いの内容がはっきりしていない」です。

結婚したい、と願っていても「結婚」がどういうものなのかよくわからないケースです。結婚した後の自分が想像できない、結婚がゴールになっていてその先のリアルがわかっていない時です。

 

そして一番見えにくいのが「この願いを私が叶えてはいけない」と自分で思いこんでいる(呪いみたいなもんです笑)をかけている時です。

結婚したいと願っているのに、大好きな人には愛されないとか好きな人は自分から離れていくという思い込みを持っているケースです。

 

どの場合でも自分がそう思っていると気付いて受け止める(自愛)事ができればいいのですが、まず気付くのが難しい事が多いです。

 

私がそうだったのですが、どれも当てはまる気がしたし、気付いてもなかなか外れない気がしました。もちろん、現実は動きません。

 

ん?何が違う?何か足りないのかな?とまた探しに行きました。今思えば、捜索ばかりして自分と向き合う事が中途半端だったんですよね。

そのうちに、叶わない未来の方を見るようになり、時間がかかればかかるほど叶わない方に意識がいきます。怖さに引っ張られている状態です。

 

もし私のようになっても大丈夫です。怖がっている自分に気付き受け入れる、ここでも自愛です。

 

とにかく、願いは全て叶いますから、叶わない時は邪魔している自分に気づきましょう。

 

あとね、すぐに叶って欲しいと思いませんか?私は明日にでも叶って欲しいといつも思っていたので、今か今かと待ち遠しくてたまりませんでした。

 

もちろん最速で叶うのですが、それが最善のタイミングで、というおまけがつきます。

 

この最善が曲者と思いがちですが、一番自分が良い時ですからそこは自分にお任せしましょう。

期限のある場合、ここが最も焦るところだと思いますが、たとえ期限を過ぎても必ず叶うものです。

 

私の場合、あるプロジェクトにグループの中で一人だけ外れたことがありました。他の人が意気揚々と取り組むのを羨ましさと妬ましさとを感じながらも、叶うはずなのになーという感じでした。

 

それから3ヶ月後、プロジェクトメンバーの一人がご家庭の事情で急遽退職する事になり、私がその後任になりました。いきなりリーダーに抜擢され、最もやりたかった施策を仕切る事になったのです。

 

たぶん、最初にプロジェクトに入っていたらメンバーの1人でしかなく、仕切り役はまわってこなかったでしょう。

一定の時間が過ぎた事で、基礎は出来ている状態で引き継げて後は自分の得意分野というフィールドにいきなり飛び込めたのです。

 

願いは全て叶う、最速最善では真実ですよ。

全ては自分が引き寄せている

こんばんは、そのさき、です。

 

自分が体験する世界は全て自分が引き寄せている、と言われた時、はいそうですね、と真っ向から受け取れるならあなたの世界はとても心地よいでしょう。

 

私がこの考えを最初に知った時、嬉しいのにどこか悲しい気持ちもありました。なぜなら、望んでいない現実がたくさんあったからです。

 

自分にとって都合のいいことや思い当たる事は確かに自分が創った、と思えましたが、それ以外の嫌な現実、自分を困らせる現実に対してはなかなかそう思えませんでした。

 

こんなこと私は頼んだ覚えないけど?さすがにこれは違うでしょう、そう思っていました。

 

だって自分が創っている世界で自分を困らせるってどういうこと?って感ですよ。

私が私を悩ませるのをどうやって止めさせたらいいのさ、と困惑するばかりでした。

 

でも、自分が創っているなら自分で変えられるという望みも見えて、改めて望まない現実をなんとかする為にあれこれ頑張ったのです。

 

自分で変えられるってとても魅力的ですよね。お金をかけなくても誰かに頼まなくても自分で解決できるんですから。

 

とはいえ、何をどう直したらいいの?という間違った解釈をしたので私はだいぶ遠回りました。

 

引き寄せるっていう言葉に囚われてしまう方も、いるかもしれません。引き寄せるってなにか特別感があるので全てを引き寄せているというと、少し違和感を感じるかもです。

 

意識にないものも多くありますから、これは違うだろーと例外をつくってしまうんですよね。

 

とはいえ、全てが自分の思いから出来ているというのは間違いありません。

嫌いなあいつも、厄介なトラブルも自分の思いから形作られているんです。

 

意識していてもしていなくても、です。嘘だろ?と疑っていたとしても、一旦はこの考えを受け入れると決めて進めるといいかもしれません。

 

困ったことや変えたい事が現れたら、それに対して感じた事を書き出して基になっている思いを表面化させること、そして受け入れる事です。

これによって、その思いが自分の中に戻ってくるので、外側に現れる事はなくなります。

 

本当に不思議なのですが、自分が認めたくない、気付いていない思いほど「ここにいるよー」と存在感を出してきます=大きな出来事となって現れます。

 

見たくない自分、認めたくない自分だから無意識に外側に出したのに、外側で大暴れして戻ろうとするんです笑

 

それでも無視していると何度でも暴れるし、回を重ねるごとにもっと大きくなってきます。

 

そう簡単には認められない、受け入れられない自分の姿かもしれません。でもね、自分の一部だから、それがあってこそ自分だから優しく受け入れてあげてください。

 

いやだ!こんな自分は認めたくない!と思うなら、なにか思い込みがあります。そんな自分はダメ、こんな自分では愛されない、とかね。

 

ここはもう少し深堀してお伝えしていきます。

 

まずは、自分の世界の全ては自分が引き寄せている、と受け入れてみてください。

罪悪感が消えない時の対処法

こんばんは、そのさき、です。

 

一度持つとなかなか消えないのが罪悪感。

 

大きく分けると、やらなかった事とやった事への罪悪感があると思います。

たとえば、前者は友達が困っているのを助けられたのにやらなかった、というやれば出来たのにというケースです。後者は親とケンカした時に傷つけるような言葉を投げかけたという、やってしまったケースです。

 

この罪悪感があるという状態は、自分をずっと責め続けている事になるので非常に辛いです。

耳元でずっと「お前が悪かった」「あれはないよ」「ひどい奴だ」と言われ続けているようなものですから、辛くて苦しいんです。

 

でもね、これを言っているのは自分なんです。

罪悪感って自分しか持てないので、あえて自分で持つと決めているという事でもあるんですね。

 

持ちたくないのに持ってしまうのが不思議な所なんですが、なにかしら事情や自分の中の理解があってそうなっています。

 

困っている人がいたら助けなければいけないと教わっていたら、助けなかった自分はそれに背いたので許せないのかもしれません。

もしくは、友達は大切にするものという考えを持っているので、出来なかった自分を許せないのかもですね。

 

どのような理由にせよ、自分が信じている事に反した場合に自分が自分を罰しているのが、罪悪感を持っている状態です。

 

もし、困っていても自分優先と教わっていたら、助けなくても罪悪感は持ちません。もし、誰かに指摘されたとしても自分の考えと違うというだけで「そういう考えもあるんだな」で終わりでしょう。

 

で、罪悪感が消えないということは、その時の自分を自分が許せないのですから、許してしまえばいいんです。

 

許すってどうやって?と思いますよね。私もそう思いました笑

 

あの時あんな事をした(しなかった)自分はそれでよかった、と肯定します&あんな事をした(しなかった)自分を責める自分を「それでいいよ」と受け入れます。

 

あんな事した(しなかった)自分はあの時それしか方法がないと思ったか、それが一番いい事だ思ったか、悪いことかもしれないけどこれをするしかないと思ったのでしょう。

いま、あの時にこうすればよかったと思えるのは自分がそれだけ成長したからであって、あの時の自分には今の考えはなかったのです。

 

保身の為でも、自己中だったとしても、意地悪だとしても、それも自分ですから、自分だけはそれでいいと受け入れること、これが許すことです。

 

とはいってもそんな自分を許せない、と思う自分が出てくるでしょう。そうしたら、許せない自分も許しましょう。

許せないんだね、うんわかったよー、そう思うんだね、と自分を全肯定です。

 

それでも許せないと思うなら、なんで許せないと思うの?と自問しましょう。

相手がいる場合、謝っていないから許されないんだ、と思う事もあると思いますが、そういう場合もまずは自分が許すことが先です。

 

相手に謝罪するかどうかはまた別の話で、謝罪して相手が許すと言っても、自分が自分を許さなければ罪悪感は消えないのです。

 

 

罪悪感とか許すとかはもっと深く伝えていけたらと思います。

私もずっと罪悪感を抱えていましたので、苦しみよくわかります。どうしたら許されるのかを何度も何度も考えていました。

 

誰かに許されるんじゃないんですよね、自分しか自分を許せない。そして、自分が一番欲しているのは自分からの許しです。

その解釈はあっているの?

こんばんは、そのさき、です。

 

上司の舌打ちを聞いて自分が気に入られていないと思うこと、恋人の連絡が途切れ途切れになって気持ちが冷めていると思うこと、それ本当ですか?

 

本当ですよ!だって上司は他の人と全然接し方が違うし、私が声をかけたらワントーン落ちて、あーめんどくさいやつきたっていう顔したもの。嫌々話聞いた後、チッって聞こえるような舌打ち。これは気に入らないやつ確定でしょ。

 

好きなら毎日だって連絡したいはずなのに、私から連絡しないと途切れがち。話も弾まないし、なんか気をつかってるというかギクシャク。あー冷めてきてるんだよ。

 

とても傷ついている時って、相手の態度の全てに過敏に反応しますよね。

悪い事ばかり目について、自分がそれを全部繋げて傷つけられた認定や悲しみ認定します。

 

たぶん秒単位で脳のシナプスが伝達してくれて、あっという間に嫌な上司に気に入られていない私、冷めている恋人と執着する私が出来あがっていきます。

 

悲しい辛い苦しい切ない思いはしたくないから、防衛するように事前に悪い想像してしまうんです。

 

たまたま上司は機嫌が悪かっただけかもしれないし、お腹が痛くなって嫌をしかめただけかもしれない、なんて微塵も思いつかないんです。

恋人が結婚を考えて色々準備しているから連絡する余裕がなくなっているかもしれないし、ちょっと焦らしてもっと好きになってもらおうと子供みたいな真似している、なんて想像もできないんです。

 

可能性は星の数ほどあって、自分の思いつくこと以外の方が圧倒的に多いはずなのに、一度こうだと思うとなかなかその枠から出られません。

これを固定観念とか、思い込みとかいって、人それぞれ違うものです。

 

別の解釈があるかも、って思うだけでも、自分の考えや思いに余白が出来て入り込む隙になります。

これを作らないといつも同じパタンを繰り返す事になるんです。なぜなら自分の思いが世界に反映するのだから、です。

 

そう強く思い込むことで、他の選択肢を入れない事でそれ以外の未来を見ることを遮断しているんですね。

 

全く同じ状況でも解釈が異なれば(思い込みが変われば)別の未来を手にする事になるんです。

 

それが現実が変わる事でもあります。

現実を変えたければ内側を変えること、と言われるのもこういう仕組みだからなんですね。

 

自分が信じたい未来を内側で見ることが出来れば、外側に現れるのは当然です。

意図すれば叶う、みたいのもこういう事を指しているのかな、と思っています。

 

なにか解釈する時は自分の都合のいい解釈を選んでいきましょう。

もし、それが出来ない、別の解釈なんてあり得ないと思い込みが手放せない時はなにか引っ掛かりがあるので、それを自分の内側に戻してみるのが最善ですよ。

もやもやは最大の鍵

こんばんは、そのさき、です。

 

さて、誰かと話している時になんとなくスッキリしない、されたことに気持ちがひっかかるなんてことありますよね。

いわゆるもやもやする、ってやつです。

 

恋人からのラインの返信が遅かったうえに「もう寝るねー」で終わっている時、あれ?あんまり関わりたくないのか、ともやもや。

 

こういう時は必ずなにかがあります。

自分の中の判断基準が「なんかおかしいよ」と教えてくれているんです。つまり、なにかしらの思い込みを持っているよ、というサインです。

 

恋人の例で言うと「返信が遅い」+「寝る宣言でライン終了」=愛情が冷めてるのかも、と判断しているのでもやもや。

この判断が人によって違うので、同じ状況でももやもやしない人は全くしないので、もしかしたら恋人はそんな事を意図してない事の方が圧倒的に多いです。

 

ただ、恋人は自分の内側の反映なので、なにかしら自分が持っている見たくない自分、隠している自分を表しているんですよね。

 

つまり、愛情が冷めていると怯える自分がいるのをもやもやが教えてくれているので、とことん自分の内側と向き合う事が一番大事です。

 

それを、恋人に対して疑心暗鬼になったり、疑いのラインをしたり、拗ねたりすると何百倍もややこしくなっていきます。

 

なにか心に引っ掛かったらそれはあなたの内側から飛び出しているカケラを中に戻す、最大のチャンスが来たってことなんです。

 

もやもやしたら外側ではなく、内側を見る事、これも自愛ですねー。

 

メソッドに振り回されていませんか

こんにちは、そのさき、です。

 

潜在意識や引き寄せを知ると、その法則と共にメソッドも一緒に手に入るでしょう。

 

ありがとうを呟く、今あるものに感謝する、叶っている自分になりきる、アファメーション、許す許されるみたいなのから、もちろん自愛もそうですね。

 

それぞれが試して効果があるから世間に出回っているので、どれもが効果があると言えるでしょう。

 

でも、自分に効果をもたらさなければ、やっても意味のないメソッドになるだけでなく、潜在意識の力や単純な法則を疑ったり、難しく考えてしまったりします。

まさに過去の私がそうでした笑

 

そもそもメソッドとは、目的を達成するために決められたやり方、方法なのに、この方法に重きを置きすぎてしまうと、私のように本末転倒のメソッド優先自分置き去りになってしまいます。

 

あくまでも方法なので、別の方法を探すもよし、なんなら自分で新たなメソッドをつくってOKなんですね。

私も自愛といくつかの好きなメソッドを組み入れて、今の自分の手法が出来上がったので、メソッドに振り回される時期も必要だったのかなと思います。

 

色々やったことで、やっぱりどのメソッドも自愛を基礎に持っていた方がいいと思ったし、私はそれが一番しっくりきます。

 

あれもこれもやったし、本も大量に読んだ、セッションやセミナーにも行きましたという方ほど、効果のあるものを探してしまっているかもしれません、私のように。

誰かの効果があったメソッドを真似してうまくいくことももちろんありますが、これでいいのか?なんか違和感がある、という時は自分の声を信じた方がいいと思います。

とくに、自分と状況が似ている方がうまくいったメソッドに惹かれがち(私だけならすみません)ですが、それよりも自分にあうメソッドを見つけるという観点の方がずっとうまくいきますよ。

 

 

ネガティブが止まらない

こんにちは、そのさき、です。

 

失敗したことを何度も悔やんだり、あの一言が相手を傷つけたかもと自分を責めたり、ネガティブ思考が止まらないことはよくありました。

 

頭の中で何度も繰り返しそのシーンを描いて、何度もその感情を感じている状態ですから、苦しいのなんの。

嫌なのに離れない、気づけばそればかり考えてしまう、そんな事が何回もありました。

 

これって、何回も体験しているのと同じ事を自分にしているんですけど、その影響は信じられないほど大きいんです。

 

とはいっても、頭から離れないんです!だってあんな事しなければよかったとしか思えない!という心の叫びがありますよね。

 

こっちを聞いてあげる事が先です。そして、そこに隠されている本当の気持ちを救い出せば、ネガティブから離れられます。

 

あんな事しなければよかった、あの失敗のせいで・・・そう思う時こそ自愛です。

そう思うよね、うんうん、そうだよね、とひたすら寄り添ってください。そしてどう思っているのかを深堀しましょう。

 

失敗したくなかった、だってバカにされるもん、あいつのせいでダメになったって思われる、という思いが出てくるかもしれません。

 

あんな事言わなければ気まずくならなかったのかも、私が悪い、どうしよう、彼を失っていまうかも、という思いが出てくるかもしれません。

 

その気持ちにも寄り添い、俯瞰して見つめます。あーこんな事思ってたんだなー私、こんな感じで自分の本音に向き合います。

 

そうしたら、バカにされるかもという恐怖、私のせいだと責められるかもという恐れ、彼を失うという恐怖、彼を失ったら一人になってしまうという恐れが見えてきました。

 

あーこれを怖がっていたから外側に追い出してしまったんだな、だから現実になって見せてくれたんだな、と受けとめましょう。

これも私の思い、考えですから、ちゃんと自分の内側に戻してあげるんです。

 

これで一旦完了。

何度も繰り返す時は、別の恐怖や不快感があるか、傷が深くて何度か同じ対応が必要なケースです。

いずれにしても、ネガティブをちゃんと受け入れられます。

 

なによりも、ネガティブがあるということは同じ量のポジティブもある、ということですから、ネガティブを受け入れたら自分にはポジティブもあるんだな、と両面受け取るとバッチリ完了です。

 

どちらかの面だけがあるのではなく、両方持っているから自分なんですよね。

 

どちらもあっていいし、どちらも自分のカケラです。

全てを自分の内側に戻していく作業が、自愛なんですね。